ウェビナー記事 2021.10.01
プロフェッショナル人材のノウハウ伝授 第9話:企業価値向上のためのIR経営戦略~実践的IR戦略と健康経営~
IRは企業の情報開示を意味するだけではなく、近年は企業の経営戦略の一つとして位置づけられるようになった。この流れを後押ししているのが、東京証券取引所による来年4月の市場再編の動きだ。東証一部上場企業の3割にあたる664社が「プライム市場」の基準に該当しないと言われており、IR強化や企業価値を上げる健康経営への関心が高まっている。今回はIRのプロフェッショナルにご登壇いただき、「企業価値向上のためのIR経営戦略」についてお話しいただいた。
■登壇者 渡邊 将志 (わたなべ まさし)氏
渡邊将志オフィス株式会社代表取締役社⻑、株式会社ニチリョク社外取締役 。
新卒で日興証券に入社しその後松井証券へ。松井証券で、上場準備リーダー/経営企画課長/広報IR担当部長/事業開発部長/取締役をご経験。2014年経営戦略/IR専⾨の経営コンサルタントとして独立。 経営コンサルティング(上場企業を中心に30社)/ 経営戦略(中期経営計画)/IR(投資家広報)MBA研修(経営者/リーダー向け研修を50回 )/経営戦略/リーダーシップ/ロジカルシンキング 等、多くのご支援実績を有する。
≪目次≫
┗株価=利益×成長期待
┗成長期待を生み出す成長戦略
┗IR強化のロードマップ
┗事例紹介:株式会社アイル(東証一部上場)のIR経営戦略
┗成長戦略の一つとしての健康経営
┗健康経営がもたらす効果
┗市場も関心を寄せる健康経営
┗「IR ×健康経営」を後押しする2つのガイドライン
┗未来を予測する最善の方法は自ら未来をつくりだすこと
1:なぜ今、企業価値向上に取り組む企業が多いのか
来年4月に実施される東証の市場再編により、東証一部上場企業の3割にあたる664社が「プライム市場」の基準に該当しないと言われている。
プライム市場から降格すると様々なデメリットが企業にのしかかる。株価の下落、既存社員のやる気低下、新規採用力の低下、取引条件の低下など企業価値は大きく棄損する。一流企業としてのブランドがはげ落ち、マイナスのインパクトは計り知れない。
上場企業が「プライム市場」に残るためにはいくつかのハードルがあるが、投資家との積極的で建設的な対話と「株価」などの数値基準をクリアすることが重要な要素として求められているという。そこで注目されているのが「企業価値向上のためのIR経営戦略」だ。
2:株価を上げる3つの要素
IR経営戦略を理解するためにまずはIR活動について説明したい。
IR活動とは、成長戦略を含むIR資料で投資家に説明することであり大きく3つの要素があるという。まず、「成長戦略を作る」こと。次に成長戦略を盛り込んだ「IR資料を作る」こと。そして、その資料を基に「投資家に説明する」こと。この3つの要素をすべてレベルアップさせることで株価がアップする、と渡邊氏は語る。
そしてIR活動として最も大事な要素は「成長戦略」だという。
■株価=利益×成長期待
株価は利益に成長期待を掛けて決まる。投資家は将来性に関心があるため、成長ストーリーを数値で語れることが大事な要素となるのだという。
“利益”は短期の事業力であり、事業部や営業部の力で生み出される。
“成長期待”は中長期の成長力であり、経営企画やIR部門の力で生み出される。
渡邊氏によると、この両方を伸ばすことが大事であるが、株価を上げるためには持続的な利益成長が見込める「成長戦略」がより大事な要素となる。
■成長期待を生み出す成長戦略
では、“成長戦略”とは何なのか。渡邊氏によると「強みを活かせる市場機会を見つけ、それを獲得する成長戦略を立て、将来目標を示す一本のストーリーを成長戦略と呼ぶ」のだと言う。換言すると、「当社の強みは○○であり、このようなビジネスチャンスが目の前に広がっているため、それらを○○の方法で獲得しに行き、結果として将来○○の姿を目指す」と投資家に説明できるようにすることで、成長期待が高まり株価も上がりやすくなるというのだ。
3:企業価値向上のためのIR経営戦略
■IR強化のロードマップ
前述の「株価を上げる3つの要素」(成長戦略を作る、IR資料を作る、投資家に説明する)を強化していくためには、どのようなステップを踏んだらよいのだろうか。
まずは準備段階として、自社が目標とするレベルをどこに設定するのかをしっかりと決めることが大切だという(図:1.準備)。その作業と並行し、成長戦略を考えていく(図:2.戦略)。戦略を考える際には現状の内外分析をしてから将来の成長戦略を立てる順番が望ましい。そして目標設定が終わるころ、成長戦略と並行してIR資料を作成していく(図:3.資料)。資料作成のポイントについて、「後半の将来の話よりも、決算や事業といった過去の話のパートの方が難易度が低く、簡単に進めることが可能なため、順番としては決算、事業の整理をし、そのあとに市場の機会や戦略パートをつくることを勧めている」と渡邊氏は語る。そして最後のステップでは資料を1on1や説明会で説明していく(図:4.説明)。今回紹介したロードマップは1年のタイムスケジュールを想定してあるが、とはいえ1年というのは相当早いケースだという。渡邊氏によると「骨太のIR強化をしようと思うと大抵2年ほどはかかる」のだという。
■事例紹介:株式会社アイル(東証一部上場)のIR経営戦略
ここで渡邊氏が顧問としてIR経営戦略支援に携わっている企業の事例を紹介したい。
株式会社アイルは販売在庫管理システムを手掛けるIT企業だ。渡邊氏が顧問依頼を受けた当時はジャスダックに上場して10年が経過し、売上100億円が視野に入ってきた状況であった。株価の上昇と採用強化のために2年かけて一部への鞍替えを検討していたタイミングだった。
支援開始当初、「社内にIRの知見が全くない」「証券会社を完全に信頼することができない」「中立的な立場で実務的な助言が欲しい」「一般論はいらない」などといった悩みや要望があったという。推進体制は担当役員1名と担当者2名でスタートし、月4回、1回2時間定例会議を実施。渡邊氏はIR強化スケジュールの策定、成長戦略の策定、IR資料の作成、投資家説明への同席、IR体制の整備、資本政策の策定などを現在も支援している。
その結果、2年かけて東証1部への鞍替えに成功した。また、株価は最大5倍、投資家への説明回数は10倍に増え年に100件を超えたという。時価総額の推移は、支援に入った2017年8月には90億円であった時価総額が、約3年で最大5倍超まで(500億円)増加したという。
支援が5年目に入る現在、ESGやSDGsの流れを受けて、サスティナビリティの開示について整理をしているところだという。
■成長期待を後押しする人事戦略
以前は、「人件費=コスト」と考えられていた。人にかかるコストはなるべく少ないほうがいいという考えは企業側にも投資家側にも存在していたが、人への投資を怠ると持続的な成長につながっていかないということが近年明らかになってきたのだという。
渡邊氏は株式会社アイルの人事戦略を例に挙げて説明した。
株式会社アイルでは女性社員の「生理休暇を有給扱いしてほしい」「生理用品を設置してほしい」といった要望を積極的に取り入れた。その結果、システム会社には珍しく、新卒の申し込みが男性より女性のほうが多くなったのだという。また、離職率は業界平均10%程度と言われている中、3.8%にまで劇的に改善したという。
「最近、人はコストではなく、将来の投資とみなす企業が増えてきている。社員に配慮している企業ほど評価されるような時代になっており、この流れは今後も続いていくだろう 」と渡邊氏は語る。
4:健康経営が注目されている理由
■成長戦略の一つとしての健康経営
健康経営とは、従業員の健康管理・増進の取り組みは将来的に企業の収益性等を高める投資であるという経営的な視点から考え、戦略的に取り組むものである。
株式会社アイルの事例にも見られるように、成長戦略の一つとして健康経営が注目されている。
成長戦略の中に機能戦略と呼ばれる事業戦略・人事戦略・財務戦略などがあるが、健康経営は人事戦略の一つとして位置づけられる。
■健康経営がもたらす効果
健康経営が従業員にもたらす効果は、「健康増進」だ。その結果として、体調不良による欠勤が減るなどの機会損失の削減や生産性の向上が期待されている。
一方で企業側にもたらす効果は、元気な社員が増えることで組織が活性化し、優秀な人材の維持・確保につながること。また、医療費の適正化といったお金の面でもプラスになり、利益の拡大が期待されるなど経営に与える効果も大きく、企業価値の向上、株価の伸びが期待されるというのだ。
■市場も関心を寄せる健康経営
経産省が主導する健康経営の認定制度として「健康経営優良法人」認定やその中でも特に優れた500社に関して「ホワイト500」という認定制度がある。さらに上場企業の中で、業種毎に1社の「健康経営銘柄」が選ばれる。健康経営に関する投資家の関心は高い状況であり、これらに認定されることで健康経営に積極的に取り組んでいる企業として市場での注目を集めることができるのだという。
■「IR ×健康経営」を後押しする2つのガイドライン
企業価値向上のためのIR経営戦略のひとつとして注目を集める「健康経営」だが、「健康経営」がなぜここまでフォーカスされるのか、その背景には2つのガイドラインの存在があるのだという。
まず1つは「改訂コーポレートガバナンス・コード」だ。その中に「上場会社は経営戦略の開示に当たって(中略)人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである」と明記されており、「人的資本への投資」として健康経営に関わってくるとされている。
2つ目は、グローバルでスタンダード化しつつあるガイドライン「ISO30414(人的資本の情報開示に関するガイドライン)」だ。アメリカでは上場企業は必ずこのガイドラインに従った開示が義務化されてきている状況であり、日本にも持ち込まれるのではないかと議論になっているという。ISO30414には、ESG投資家向けに人的資本の情報開示のための11領域58項目の指標があり、その中のひとつの領域に「組織の健康、安全、福祉」が明記されており、「健康経営」に関わってくる内容であると言われている。
■未来を予測する最善の方法は自ら未来をつくりだすこと
最後に渡邊氏は以下のように締めくくった。
「コロナ禍で先の見通しが立てにくい状況ではあるが、投資家から評価されている企業は将来の戦略を立て外部に発信している。ドラッカーの「未来を予測する最善の方法は自ら未来をつくりだすことだ」という言葉があるが、時代の流れを待って受け身で対応するのではなく時代の先を読みありたい姿を描き、それに向けて一歩ずつ進んでいく。そのような企業が投資家を惹き付け優秀な人材を惹きつけている。魅力的な成長戦略を描くのは簡単なことではないが時間をかければどの企業もできることだ。アフターコロナを見据えた成長戦略を描き益々発展されることを祈念している。」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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